2011年6月20日 (月)

ときじくのかくの木の実

これは古事記で
「登岐士玖能迦玖能木實」

日本書紀で
「非時香菓」

といわれているものです。

「ときじく」は
「非時」からわかるように、
時に左右されないこと

「かく」は
香る、もしくは輝く(かく)とも言われています。


そう、この実は不老不死の実。
天皇や有力者が手にいれようとした実・・・

そして、この実は今の橘といわれています。
保存のきく植物だからといわれていますが、
橘の木に<常世神>という虫が発生したり
橘を<常世物>とよんだりしたことからも
そのことが垣間見えてきます。

ちなみに、文化勲章のデザインも橘。
文化は永遠だという発想に基づいているのです。

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2010年2月 4日 (木)

高天原について

天津神(あまつかみ)の住むといわれている天上の国のこと

天津神?

天津神とは高天原にいる神のこと。

・・・。

ちょっと混乱してきそうですが、
天津神とは
国津神(くにつかみ)と対になる言葉です。

国津神は地上にいる神様のこと。
それに対し、天津神とは
高天原にいる神様なのです。

さて、「草薙」では
スサノオがここを追い出され
地上にくだるという箇所がありました。

いくつかお問い合わせがあったのが
読み方のこと。

この「高天原」は
元々「高天が原」といわれており
<たかあまがはら>と呼ばれていました。

それが略語化され
今では多くの場合に
<たかまがはら>と読まれています。

けれども、特に決められたわけではなく
ほかにも
<たかあまはら>
<たかのあまはら>
<たかまのはら>
など、色々な読み方をされているのです。

流派?や地域によって違うところがあるかと思いますが

<たか「まが」はら>
という読み方だと
「魔が」入る!説など、という説もあるようです。

多くの場合は祝詞といって、
お祈りの言葉の冒頭にでてくるので
祈りの心がしっかりしていればよいのでは?
と、あまり気にすることはないかと思っています。

が、ライブは水物!験担ぎ!
「たかあまはら」の読み方に決定!

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2009年12月27日 (日)

直ぐの木

これはスギの木の語源。
まっすぐに聳え立つためである。

そして、サビにでてくる‘かくの実’は
ときじくのかくの木の実を表している。

これは常世の国にあるとされる実で
登岐士玖能迦玖能木實(古事記)
もしくは
非時香菓(日本書紀)と表記される。
‘ときじく’はいつでもある、時に左右されないという意味で
不老不死の実を示すとされている。

'かく’は輝くとか、香りのよいなどの意味。
生命の輝きのことであろうか。

橘のことであると記述があるが
これが現在の橘かどうかは不明。

もうひとつの‘赤貝’は、
古事記にでてくる貝で
こちらも、再生、蘇生の薬である。

赤貝を神格化したといわれている
蚶貝比売(キサガヒヒメ)
*蚶の文字は正式には違う漢字です。

オオナムヂ(後の大国主命)が
嫉妬により兄弟に殺された時に
治療し、蘇生させる場面で登場する。

赤貝の殻と蛤の汁を使ったという説もあるが
詳しいことは不明。

不老不死は、
古今東西、様々なお金持ちが欲しては
最後まで手に入らないものとして登場する。

「直ぐの木」では、
これを使用せず、
ただ山の神と海の神にささげる。

その意味を考えてもらえたら、
とても嬉しい。

歌を聴いて、
そこまで受け止めてほしいなんて
思っていないのだけど
(だって曲だけでは
不老不死にまつわるものとわからないし。)
なんだかするつもりはなかったのに
解説してしまいました。
今日はちょっと書きすぎています。

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2009年4月 7日 (火)

スサノオとヤマタノオロチ3

建速須佐之男命は、
八回も繰り返し醸造させた強い酒を
八つの器(船という)にいれて待つ。
八俣遠呂智は、匂いにつられ
酒船にそれぞれの頭をいれて
飲み、酔い、寝る。

須佐之男はそれを見計らって、一太刀。

いや、八太刀か。

蛇足だが、この時に
八俣遠呂智の尾から
かの草薙の剣がみつかる。

さて、前述の通り、
須佐之男命は
高天原で乱暴者であった。
周りから嫌われ、疎まれ、孤独であった。

一方、八俣遠呂智も、
この世界で乱暴者であった。
周りから嫌われ、疎まれ、孤独であった。

元々、二人は似た存在であったが、
この世界に降りてきた須佐之男命は
縁もゆかりもない娘を助ける。
善と悪でいえば、悪に近かったような存在が
(神に対して暴言ですが。)
急にヒーロー、善玉へと変わっているのだ。

なぜか?

ある本では、これを
「大人になるための儀式」
と位置づけている。

自分越えの儀式と。

同じ存在、自分の分身
ーーーそれも罪深き側面
を殺すことで、
彼は大人になり、
脱皮する。

そう、須佐之男命の一部であった
八俣遠呂智は、
彼自身によって、
殺され、その存在が消滅したのである。

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2008年9月 9日 (火)

スサノオとヤマタノオロチ 2

その八俣遠呂智について

目は赤いホオズキのようで、
8つの頭と8つの尾をもつ1匹の遠呂智。
身体には苔や檜杉が生え
長さは8つの谷8つの丘にまたがっているほど。
腹はいつも血でただれている。

毎年処女を喰らうと恐れられている。

ここでちょっと脱線。
今よりも、昔は処女が重要視されていた。
昔の日本酒は処女が一晩米を噛み、
その唾液と混ぜて作られたのであったそうだ。

さて、次回はいよいよ建速須佐之男命と八俣遠呂智の戦いについて。

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2008年9月 4日 (木)

スサノオとヤマタノオロチ 1

古事記によると、
建速須佐之男命(スサノオノミコト)は
(以前、素盞嗚尊と記していましたが、こちらは日本書紀でした。
訂正します。)
天照大神の弟。
海原をおさめるよう父親(伊邪那岐 イザナギ)に
申し渡されるものの、母親(伊邪那美 イザナミ)の
いる国がいいと、根の国(黄泉の国)へゆこうとする。
けれども、姉のところへ挨拶にいったものの
天照大神がおさめている高天原を奪いにきたと
勘違いされ、誓約(うけひ)をして互いに子を生むことになる。

*子を生む?!と思った方、それはまた後日。

結果、建速須佐之男命が勝ったものの、
彼はそれが原因で悪さ、いたずらを繰り返した・・・。
ちなみにその悪さといったら、
畑におしっこをしたり、
祭殿にうんちをしたり、
なんとも、小学生的というか、
悪がきにもほどがあるというか
古事記に登場しているんだよね?と
軽く疑いたくなるような内容なのです。

さてさて、話はここから、
天の岩戸開きの神話に続くのですが、
それはまた別の話。

ともあれ、建速須佐之男命は、悪さの度が過ぎ、
高天原を追い出されるのです。
最後には、大気津比売神を殺したり、
追い出されるのも納得。

その追い出された彼がたどり着いたのが、
鳥髪という地。
(これは歌詞でも使わせていただいています。)

川を流れてきた箸をみつけ、上流に人がいる!
と上っていくと、泣いている男女、そしてその娘がいます。
この娘が櫛名田比売(クシナダヒメ)。
彼女が、八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)に
食べられてしまうというので3人(男女は父母)は
泣いているのです。

ここで、建速須佐之男命は、櫛名田比売を嫁にくれるのなら、と
オロチ退治を引き受けます。

つづく

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2008年8月15日 (金)

歴史的建築的宗教的お社 出雲大社

本殿は「天下無双の大廈(たいか)」と称えられたほどの建築物。
その高さは十六丈(約48メ-トル)にも達したといわれる。

*現在の本殿は、高さ八丈(約24メ-トル)
それでも日本一の高さである。

大きな特徴となるのは、柱ではないだろうか。
すべて円柱で、当時は両手で囲みきれないほどの大きさの3本の木を合わせ、
それを一本の柱とした。

その柱を九本。
「田」の字のように配列した中で
中心の柱を心御柱(しんのみはしら)と呼ぶ。

ちなみにこの心御柱があるのは大社造と神明造(伊勢神宮)だけ。

本殿の天井には、「八雲」とよばれる七つの雲の絵がある。
七つなのは、完成させないことによって
これからも発展してゆくため。。。など諸説あるけれど、
はっきりとしたことはわかっていない。

そもそも、どうして「八雲」なのか。

これは素盞嗚尊(すさのおのみこと)が
「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに
     八重垣作る その八重垣を」
と詠んだためといわれる。

八雲立つとは、雲が数限りなく湧き起こるという意味で
和歌では出雲の枕詞。
しかし、かつては八色の雲と解釈されたとか。

実際、ご本殿の天井の八雲
今さっき描かれたかのような鮮やかさで
艶やかな色を目に焼き付けてくれた。
あれは八色あったのだろうか・・・。

この出雲大社のご祭神は大國主大神
(おおくにぬしのおおかみ=だいこくさま)。
縁結びの神様として名高いが、
だいこく様として、幸や恵みとの縁も結ぶといわれている、
むすびの神様である。
また幽冥主宰大神(かくりごとしろしめすおおかみ)
とも称されているのだが、
この幽冥とは、人々の亡くなった後の霊魂が帰る世界のこと。
つまり、この幽冥をおさめられる神というのは、
人々の霊魂をもおさめられる神でもあるのだ。

これはけちけちしてはいけないと、
少しは思っていただけたでしょうか?

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2008年8月 5日 (火)

とんぼ島

とんぼ島という言葉、
聞いたことある方は手をあげてください。

実はこの言葉、
日本を表しているのです。

日本書紀では、神武天皇が国を見たときに
とんぼが臀(となめ)しているようだとおっしゃったと描かれていますが、
この臀、実はとんぼの交尾のこと。

「是に由りて、初めて秋津洲という号が生じたのである。」

=このお言葉で、とんぼ(秋津)島という国号ができたのです。
(本当は大和の一地方を示していましたが、
そのうちに大和を指すようになり、
日本を指すようになりました。)

この国はとんぼの交尾だ、といってしまえば、
なんだかとても味気ないわけですが、
そもそも日本の歴史はまぐはひではじまっている。
古事記のど頭から、というわけではないですが、
神々の国生みからはじまっているのです。

つまり、交尾は単なるセックスという意味だけでなく、
創造、繁栄、五穀豊穣などの、進歩発展の意味がこめられているのだと考えられるのです。

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2008年5月 4日 (日)

女の呼び方

実は違いがやっと分かりました。

大正の初め頃までは

身分の高い武士階級の妻 オウラカタ
庄屋 神主 下級武士 の妻 オカタサマ
村の財産家の妻 オゴウサマ
これらの娘はすべてゴウサマ

と呼んでいたのです。
昔話を読む時の参考にどうぞ。

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2008年4月15日 (火)

しらせカラス

昔、出稼ぎ者のある家はどこでも毎朝氏神様にお参りをしたそうだ。
「何日かに一度は屋根の棟へお膳に御飯を盛ってそなえた。
これはカラスにささげるものである。
カラスはしらせをもって来てくれる鳥と信じられていた。
そなえた御飯をよい声でないてやって来てたべていけば無事であると信じられた。」

逆に悪い声でないて、御飯をろくに食べないときは要注意。

「忘れられた日本人」
著 宮本常一

今のように情報網が発達していなかった時代、
離れている家族を想う気持ちは、氏神様、つまり土着の神へとむかっていく。
神様への祈願、そしてカラスを通じての返答(とみなしてよいだろう)。

カラスは古くから神の使いとされており
特に八咫烏は熊野の神々の使いとされている。
咫 は あた と読み、中国から伝わった長さの単位のこと。
八咫は、大きなというような意味に相当する。
烏はもちろんカラス。

ちょっと横道にそれてしまった。

ここで盛られている御飯については、次回エントリーへ。

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